SPECIAL STORIES / 散歩の達人とめぐる
世代を超えて愛される老舗洋食店『黒船亭』が受け継ぐ思い
08 黒船亭|甘味と名店
上野で洋食といえば歴史ある店がいくつかあるが、そのうちの一つが『黒船亭』。フレンチをルーツに持ちながら、「ご飯をおいしく食べられる洋食」を追求し続けてきた店には、世代を超えて通う常連客も少なくない。看板のハヤシライスを味わいながら、この街とともに歩んできた歴史をたどってみよう。
業態を変えながら歩んできた120年

白い壁に黒い椅子やテーブルが映える店内(写真提供=黒船亭)。
中央通り沿いのビル4階。窓の外は人と車が常に行き交う交差点だが、そんな街の喧騒を忘れて食事を楽しめそうなゆったりした時間が流れている。ジョン・レノンとオノ・ヨーコ夫妻も訪れたことで知られ、壁にはその時の写真も飾られている。
『黒船亭』の歴史は、明治35年(1902)に初代・須賀惣吉が栃木から上京して料亭「鳥鍋」を開いたことに始まる。大正6年(1917)には現在の場所で「カフェ菊屋」を開店。関東大震災や東京大空襲を乗り越え、中華料理店やシアターなどさまざまな業態を展開した。戦後には現在のビルを建て、ブティックとともにステーキとフレンチの店「レストラン キクヤ」をスタート。その流れを受け継ぎながら、より幅広い人に楽しんでもらえる形として生まれたのが『黒船亭』だ。

不忍通りと中央通りが交わる上野四丁目交差点に接する角地。
「1986年に3代目にあたる私の父がリニューアルをして、洋食の店になりました。もとがフレンチのお店だったこともあり、料理長も引き続き担当したので、フレンチがベースになっている洋食です」とは、『黒船亭』を手がけるアダムスキクヤの社長・須賀利光さん。
『黒船亭』が入るビルが立っているのは、黒門と呼ばれる東叡山寛永寺の総門があったあたり。旧地名は黒門町で、『黒船亭』という名前にした理由の一つにはこの立地もあったようだ。
「本当は黒門にあやかって黒門亭という名前にしたかったけれど、当時同じ名前のラーメン屋さんが近所にあって断念したようです。黒船の『海外からやってきた新しいもの』という意味も、後付けながらあったかもしれませんね」
当時、飲食業というと水商売でネガティブなイメージを持たれることも少なくなかったそうだが、「それを改革したいという思いもあったのではないかと思います」と須賀さんは語る。

不忍通りに面した店の入り口。
ご飯をおいしく食べるための洋食

店ハヤシライス2700円。スモールサイズも用意している。
「洋食の定義はいろいろあると思いますが、私たちとしては『ご飯をおいしく食べられるもの』をテーマにしています。日本人はやっぱりお米を食べると落ち着くし、満足感がありますよね」。本格的なフレンチを土台にしつつ日本人の味覚も大切にしているとあって、ご飯料理のお米は南魚沼産のコシヒカリを使用。契約農家がつくる専用の田んぼで栽培したお米のみというこだわりだ。
メニューには、オムライス、ビーフシチュー、ハンバーグ……と定番の洋食がそろう。なかでも『黒船亭』として始まった頃からの看板メニューはハヤシライスだ。デミグラスソースは1週間以上かけてじっくりと煮込み、何度も漉してつくるもので、まろやかながらうまみがぎゅっと濃縮されている。ゴロゴロと大きな牛肉もやわらかく、ついついご飯を頬張ってしまう。

ハヤシライスは濃厚でありながら重たさはなく、あとを引くうまみが印象的。
家族連れや年配の常連客、観光途中らしい人たちが思い思いに食事を楽しむ店内。上品な雰囲気でありながら、肩肘張らずに過ごせるのも魅力だ。若い頃にデートで利用した人が、今度は子供も連れて来店し「あの頃と変わらずおいしかった」と伝えてくれたこともあったとか。
記憶に残る店であり続けるために
そんな長年にわたってこの街を見守ってきた老舗として、須賀さんが大切にしているのは「小さな感動を与えたい」ということだという。
「なにかしらの感動がないと思い出には残りません。ここは毎日のように来る店ではないと思いますが、3年後か5年後か、あの店のあの料理がおいしかったなと思い出してもらえるように、ということを心がけています。料理の味はもちろん、雰囲気や接客も含めて、記憶のどこかに残るような店でありたいですね」

店の入り口に立つ須賀さん。
ハヤシライスを味わいながら店内を見渡していると、長く続く店とは、こうして人それぞれの思い出を少しずつ積み重ねていく場所なのかもしれないと思う。上野を訪れたら、またふと立ち寄りたくなる。上野という街の記憶を語るうえで欠かせない、『黒船亭』はそんな一軒だ。
黒船亭
11:30〜15:30(14:30LO)・17:00~21:45(21:00LO)
月休(祝の場合は営業、翌火休)/
東京都台東区上野2-13-13 キクヤビル4F ℡ 03-3837-1617
👣アクセス:
地下鉄銀座線上野広小路駅A3出口から徒歩2分
京成線京成上野駅池之端口から徒歩2分
JR各線上野駅不忍口から徒歩5分
地下鉄千代田線湯島駅2番出口から徒歩6分
JR山手線・京浜東北線御徒町駅北口から徒歩6分



